みそ造りは”こうじ”作りから始まる。こうじの良し悪しが味噌の味を決めるといっても過言ではない。それだけに味噌造りの仕事ではこうじ作りが最も難しい。さすがに酒蔵の杜氏のように、米の浸漬時間をストップウォッチ片手に秒単位で計る、というようなことまではしないが、こうじ作りは何年、何十年やっても緊張感を強いられる。特に我が蔵のように、昔ながらの手作業によるこうじ作りとなると、経験と勘がものを言う。こうじは生き物だ。その日の天候、蒸し米の状態に応じて、こうじ室の温度や湿度を調節してゆかねばならない。こうじが室に入っている間は、気の休まる暇はない。

 もう10年以上も前のことになるが、大手メーカーでのこうじ作りを見学した。最先端の技術を駆使した工場で、たたみ20畳ほどもある大きなステンレス製の円盤の中で、コンピュータ管理によってこうじが作られていた。オペレーションルームにはモニターが並んでいてキーボードで操作している人がいるが、工場の中はほとんど無人である。私は唖然とした。この工場ではたった1回の工程で、我が蔵の半年分にあたる量のこうじを作ってしまうという。こうじの品質も決して悪くなかった。「オートメーション化された工場で大量生産されるこうじは品質が劣る」というこうじ屋さんもあるが、私にはそうは思えなかった。しかしながら、小さな蔵には小さな蔵ならではの、こうじ作りの醍醐味があることもまた事実だ。「良いこうじを作らなければならない」。最新鋭の工場にたたずみ、私はその思いを新たにするのだった。