2014年04月

甘酒をつくる

 雪の降る寒い日に、こたつに入って熱い甘酒をすする―甘酒というとこんなイメージだろう。甘酒は冬の飲み物、あるいは桃の節句にお雛様に供える子供の飲み物、そんな風に思っている人は多いだろう。ところが意外なことに、甘酒は夏の飲み物なのである。その証拠に、俳句では「甘酒」は夏の季語になっている。テレビの時代劇で、茶店の軒先に甘酒のちょうちんがかかっているのを見ることがあるが、江戸の庶民は暑い夏に甘酒を飲んでいたのである。糖分や水分を摂取できる、夏バテ予防の栄養ドリンクとして飲まれていたのだろう。
 こうじ屋の作る甘酒は、酒粕も砂糖も含まない、いたってシンプルな飲み物である。以前、関西出身の方と話をしていて、ノンアルコールの甘酒があるなんて知らなかったといって驚かれたことがある。甘酒も、地方によって作り方はいろいろなのである。
 作り方もまたいたって簡単で、米を粥状にしてその中にこうじを加え、60℃で7~8時間保温すれば出来あがる。米は2合か3合、こうじは5合くらいだ。モチ米を使えばより甘いものができる。甘酒作りで注意しなければならないのは品温管理である。甘酒は、こうじに含まれるアミラーゼという糖化酵素によってでんぷんが糖化されて作られるが、この酵素の適温は55~65℃である。これより高くなると酵素は活性を失い、低くなると乳酸菌が増殖して酸っぱくなってしまう。これさえ守れば誰でも簡単に作ることができる。もっと早く作りたいと思ったら、こうじとお湯だけで作ることもできる。こうじに倍の量のお湯を加え60℃に保温しておけば、7時間くらいで甘酒になる。一昔前は米が貴重品だったのでこんな贅沢な作り方はしなかったが、今はこの方法で作る人も多い。
 甘酒というと、亡くなった母親のことを想い出す。母親は甘酒が好きで、冬になるとよく甘酒を作って飲んでいた。戦後の食糧難の時代に育ったので、甘酒は唯一の甘い飲み物だったのである。私はというと、子供の頃はあまり飲んだ記憶がない。お菓子やジュースなど、甘い食べ物・飲み物が出回り始めたからである。

みそと桜と日本人

 岐阜県境に聳え立つ冠山、大野市との境をなす部子山、周囲を山々に囲まれた風光明媚な山里―これはパンフレットの紹介文だが、当店は福井市の東南に位置する池田町で、こうじやみそを作り続けている。山間地なので雪が多く、3m近く積もることもある。ただ近年は降雪量にばらつきがあり、地球温暖化の影響ではないかと思っている。2009年、2010年は続けて大雪に見舞われ、毎日雪かきに追われた。かと思えば一昨年、昨年は雪が少なく、1度も屋根の雪下ろしをしなかった。
 さて、そのような山里に暮らしているので、春はとても待ち遠しい。そして春といえばなんといっても桜である。私の住む集落でもソメイヨシノが満開を迎えているが、私は華やかなソメイヨシノよりも、どちらかというと山桜が好きである。花と葉が同時なので淡い印象を与えるが、山桜には落ち着いた雰囲気がある。
 この季節、私には密かな楽しみがある。山桜の花びらを10枚ほどもらってきて、味噌汁の椀の上に浮かべてひとり悦に入るのである。できれば具の少ないみそ汁がいい。刻んだ薄揚げや豆腐が2、3個入っているくらいでいい。花びらを浮かべると、味噌汁は一瞬華やぐ。私は風流人ではないが、この時ばかりは平安貴族の心境だ。みそ汁の上に浮かぶ桜の花びらを眺めながら、とりとめもないことを考える。
 ここからは少々我田引水になる。古来日本人はみそと桜を愛してきた。発酵食品であるみそやしょうゆは、じっくりと熟成させることに本領がある。かたや桜は満開から散るまでがあっという間で、特にその散り際が美しいとされている。一方は地味で目立たない脇役だがなくてはならぬものである。他方、桜は華やかで妖艶でさえある。日本人はこの双方を大切にしてきたのである。それがなぜなのか私にはわからないが、日本の風土と日本人の気質に合っているということだろう。
 桜の季節が終わると、山里にトラクターのエンジン音が響き始める。

こうじを作る⑤

 米蒸しから3日目の朝、いよいよ”出(で)こうじ”の作業を始める。早朝からこうじ室に入り、こうじ蓋を1枚、棚から取り出す。”こも”をめくり、こうじの出来具合を確かめる。こうじ菌がまんべんなく発育して、こうじの表面を白く覆っている。こうじ蓋の一角を少し掘り起こして掌の上にのせ、指でつまんで口の中に入れる。ほんのりと淡白な甘さが口の中に広がる。噛み続けていると、甘栗を食べた時のようなコクのある甘みも出てくる。
 「上出来だ」心の中でそう呟く。こうじ蓋をすべて室の外に運び出すと、外気の流れ込む通路に並べて冷却する。ここで一度こうじの発酵を止めるのである。1時間から2時間ほどで品温は下がり、固く締まってくる。これで完成である。並べられていたこうじ蓋を十字に積み重ねておく。こうじの注文が入ると、その都度こうじ蓋から削り落とすように崩し、枡で量って売る。
 引き込みから床(とこ)もみ、盛り込みから出こうじ。48時間かけて、米はこうじになる。前に私は「小さい蔵には小さい蔵なりのこうじ作りの醍醐味がある」と書いた。量の多い少ないにかかわらず、よいこうじが出来たときの喜びは変わらない。
 凍えるような冬の朝、まだ暗いうちから起きだしてこうじ室に入る。こうじを出し終わって蔵の外に出ると、あたりは白み始め、一面の銀世界は朝日を浴びてキラキラと輝いている。
 「今日もいいこうじができた」冷気の中でそう思う時、やりきったという達成感が湧き上がってくる。それはこうじ作りにとって幸福なひとときだ。
 かつては祖父が、父親と母親が、そして現在は私と娘夫婦がこうじを作っている。省力化のために小さな機械も一部導入しているが、基本は今も昔も変わらない。現在こうじ屋のおかれている状況はとても厳しい。後継者不足や販売不振で廃業するところも多い。我が蔵も同様ではあるが、この先もこうじ作りの”技と心”が受け継がれてゆくことを願っている。
 さて出来あがったこうじは、これからみそや甘酒の原料となって発酵を続けることになる。

こうじを作る④

 夕方の5時から6時頃になると、”床(とこ)もみ”作業のためこうじ室(むろ)に入る。床もみとは、米を空気に触れさせることによってこうじ菌の発育を促す手入れのことである。
 丘状に盛られた蒸し米を、手で揉みほぐしながら少しずつ崩してゆく。かつて洗濯板というものがあって、衣類を板にこすりつけながら洗ったものだが、あの要領で崩してゆく。床もみが終わると、蒸し米を再び盛り上げて布で包み、むしろなどを掛けて保温する。あとはこうじ室の見回りを続けながら翌日の準備をする。
 2日目の朝になると”盛り込み”と呼ばれる作業に取りかかる。朝7時頃に作業場に行き、用意しておいた”こうじ蓋”(むろぶたとも呼ぶ)をこうじ室の中に運び入れる。こうじ蓋とは、縦60cm、横30cm、高さ5cmの木製の箱で、2升の米が入るように作られている。約60枚のこうじ蓋を運び終えると、1枚のこうじ蓋に1升枡で2杯ずつ蒸し米を入れてゆく。この作業を盛り込みという。この頃になると、米の表面に白い斑点のようなものができている。こうじが順調に発育している証拠である。盛り込みは適量を守らなければならない。盛り込む量が多すぎると、熱の放散がうまくゆかずにこうじがべとつき、失敗こうじとなってしまう。
 盛り込みが終わると、こうじ室の壁伝いに組んである棚へ、こうじ蓋を並べてゆく。1枚のこうじ蓋の右端に、次のこうじ蓋の左端を重ねながら並べてゆく。この並べ方を”すぎばい積み”と呼んでいる。こうすることによって通気がよくなり、こうじ菌の発育が進む。また横一列に並んだこうじ蓋の端の方に木片を嵌めれば、上に何段でも積むことができる。私の工場のこうじ室では現在2段積みにしているが、かつては5段6段と積んでいたこともあった。並べ終わると、上に”こも”(藁で編んだすのこ)や布を被せた。現在は衛生面から藁製品は使用していないので、紙製のもので保温・保湿している。盛り込みが終わると、定期的にこうじ室の見回りをしながら、明朝の”出(で)こうじ”すなわちこうじの完成を待つことになる。

こうじを作る③

 蒸し米の運び込みが終わると、床(とこ)の上に広げられた米の上へ、父親が小さな”ふるい”を使ってこうじ菌を振りかけてゆく。こうじ菌は米をこうじにする”種”であり、最も大切なものである。こうじ菌の散布が終わると、今度は蒸し米をこすりつけるように手で揉みながら種を付けてゆく。かなりの重労働であるが、これをしないとこうじ菌がうまく発育してくれない。種付け作業が済むと、蒸し米を丘状に盛り上げて布で包み、その上に筵(むしろ)などをかぶせて保温する。ここまでの一連の作業を”引き込み”と呼んでいる。朝6時に米を蒸し始め、終わるのは10時頃であったと思う。
 引き込みが終わると夕方まで作業はないが、その間も実は気が抜けない。やらなければならないことが2つあった。ひとつはこうじの品温の管理である。こうじは約48時間で製品になるが、その間に温度を上げてゆく。35℃前後で最も活発に生育するので、温度が上がりすぎたり下がりすぎたりしないように注意しなければならない。もうひとつはこうじ室の管理である。具体的には、こうじ室の温度・湿度の調節、換気による新鮮な空気の供給、そして雑菌の混入防止などである。
 こうじ室は室温30℃、湿度80~90%に保たねばならない。祖父がこうじを作っていた頃は、炭火鉢で室を暖めていた。室の中に火鉢が2つ置いてあって、室の中に入ると炭火が赤々と燃えていた。その頃は一酸化炭素中毒や火事の危険もあって、目を離せなかったということだ。現在はセンサー式の電気ヒーターや石油ファンヒーターなどでこうじ室を暖めることができる。こうじは生き物。こうじ室の中には、生まれたばかりの赤ん坊がいるようなものだ。若い頃、先輩のこうじ屋さんにそう言われたことを想い出す。
 こうじ室の温度管理と並んで大切なのは、雑菌の混入防止である。こうじ室は清潔にしておくことはもちろん、こうじ蓋やこしき布(米蒸し用の布袋)など、日々使う道具類の洗浄も欠かせない。天気のいい日は洗い物日和だ。雑菌を防止するのに、天日乾燥に勝るものはない。
プロフィール

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