湯本味噌

こうじを作る②

 家業に就くとともにみそ造りを始めたので、かれこれ40年近くこうじを作り続けていることになる。初めの頃は、製品の袋詰め作業や営業、配達も行っていたので、こうじ作りは主に父親と母親の仕事だった。ただ12月から2月にかけての繁忙期になると、私もこうじ作りを手伝った。

 こうじを作るには、まず米を蒸さねばならない。私が子供の頃は、かまどで薪を焚き、その蒸気で米を蒸していた。かまどの上には直径70cmくらいの大きな鉄の釜が載っていた。その上に”さな”(蒸気を分散して通すための穴開きの蓋)が置かれ、その上にさらに”こしき”と呼ばれる高さ1mくらいのドラム缶のようなものが載っていた。薪を焚くと湯が沸騰して蒸気が上がってくる。蒸気をまとい始めたこしきへ、一晩水に漬けた米を次々と入れてゆく。最上部から蒸気が噴き出し始め、1時間ほど経つと米が蒸し上がる。2俵(120kg)の米を蒸すのに2時間くらいかかっていたかと思う。
 米が蒸しあがると、父親がスコップでこしきの中から蒸し米を掘り出す。その蒸し米を母親が受け取り、底にファンの付いた簡単な冷却装置で35℃まで冷やしてこうじ室(むろ)に運び込んだ。温度計で測ることはなく、母親は「人肌まで冷ます」と言って自らの勘をもとに冷やしていた。
 こうじ室は縦3間(5.4m)、横2間(3.6m)、高さ2mくらいの長方形の部屋で、煉瓦やコンクリートブロックの土台の上に木枠を組み、そこに藁(わら)を混ぜたこね土を塗り重ねて作られていた。壁の一か所に、扉の付いた1m四方の出入り口があったが、背をかがめないと入ることができなかった。こうじ室の中央には”床(とこ)”と呼ばれる低い台があり、周囲には棚が組まれていた。母親は箕(み)を使って冷ました蒸し米をこうじ室の中に運び込み、床に敷かれた布の上に拡げていった。こうじ室の室温は30℃近くあったので、寒中でも汗ばむほどであった。

こうじを作る①

 みそ造りは”こうじ”作りから始まる。こうじの良し悪しが味噌の味を決めるといっても過言ではない。それだけに味噌造りの仕事ではこうじ作りが最も難しい。さすがに酒蔵の杜氏のように、米の浸漬時間をストップウォッチ片手に秒単位で計る、というようなことまではしないが、こうじ作りは何年、何十年やっても緊張感を強いられる。特に我が蔵のように、昔ながらの手作業によるこうじ作りとなると、経験と勘がものを言う。こうじは生き物だ。その日の天候、蒸し米の状態に応じて、こうじ室の温度や湿度を調節してゆかねばならない。こうじが室に入っている間は、気の休まる暇はない。

 もう10年以上も前のことになるが、大手メーカーでのこうじ作りを見学した。最先端の技術を駆使した工場で、たたみ20畳ほどもある大きなステンレス製の円盤の中で、コンピュータ管理によってこうじが作られていた。オペレーションルームにはモニターが並んでいてキーボードで操作している人がいるが、工場の中はほとんど無人である。私は唖然とした。この工場ではたった1回の工程で、我が蔵の半年分にあたる量のこうじを作ってしまうという。こうじの品質も決して悪くなかった。「オートメーション化された工場で大量生産されるこうじは品質が劣る」というこうじ屋さんもあるが、私にはそうは思えなかった。しかしながら、小さな蔵には小さな蔵ならではの、こうじ作りの醍醐味があることもまた事実だ。「良いこうじを作らなければならない」。最新鋭の工場にたたずみ、私はその思いを新たにするのだった。
プロフィール

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