蒸し米の運び込みが終わると、床(とこ)の上に広げられた米の上へ、父親が小さな”ふるい”を使ってこうじ菌を振りかけてゆく。こうじ菌は米をこうじにする”種”であり、最も大切なものである。こうじ菌の散布が終わると、今度は蒸し米をこすりつけるように手で揉みながら種を付けてゆく。かなりの重労働であるが、これをしないとこうじ菌がうまく発育してくれない。種付け作業が済むと、蒸し米を丘状に盛り上げて布で包み、その上に筵(むしろ)などをかぶせて保温する。ここまでの一連の作業を”引き込み”と呼んでいる。朝6時に米を蒸し始め、終わるのは10時頃であったと思う。
 引き込みが終わると夕方まで作業はないが、その間も実は気が抜けない。やらなければならないことが2つあった。ひとつはこうじの品温の管理である。こうじは約48時間で製品になるが、その間に温度を上げてゆく。35℃前後で最も活発に生育するので、温度が上がりすぎたり下がりすぎたりしないように注意しなければならない。もうひとつはこうじ室の管理である。具体的には、こうじ室の温度・湿度の調節、換気による新鮮な空気の供給、そして雑菌の混入防止などである。
 こうじ室は室温30℃、湿度80~90%に保たねばならない。祖父がこうじを作っていた頃は、炭火鉢で室を暖めていた。室の中に火鉢が2つ置いてあって、室の中に入ると炭火が赤々と燃えていた。その頃は一酸化炭素中毒や火事の危険もあって、目を離せなかったということだ。現在はセンサー式の電気ヒーターや石油ファンヒーターなどでこうじ室を暖めることができる。こうじは生き物。こうじ室の中には、生まれたばかりの赤ん坊がいるようなものだ。若い頃、先輩のこうじ屋さんにそう言われたことを想い出す。
 こうじ室の温度管理と並んで大切なのは、雑菌の混入防止である。こうじ室は清潔にしておくことはもちろん、こうじ蓋やこしき布(米蒸し用の布袋)など、日々使う道具類の洗浄も欠かせない。天気のいい日は洗い物日和だ。雑菌を防止するのに、天日乾燥に勝るものはない。