米蒸しから3日目の朝、いよいよ”出(で)こうじ”の作業を始める。早朝からこうじ室に入り、こうじ蓋を1枚、棚から取り出す。”こも”をめくり、こうじの出来具合を確かめる。こうじ菌がまんべんなく発育して、こうじの表面を白く覆っている。こうじ蓋の一角を少し掘り起こして掌の上にのせ、指でつまんで口の中に入れる。ほんのりと淡白な甘さが口の中に広がる。噛み続けていると、甘栗を食べた時のようなコクのある甘みも出てくる。
 「上出来だ」心の中でそう呟く。こうじ蓋をすべて室の外に運び出すと、外気の流れ込む通路に並べて冷却する。ここで一度こうじの発酵を止めるのである。1時間から2時間ほどで品温は下がり、固く締まってくる。これで完成である。並べられていたこうじ蓋を十字に積み重ねておく。こうじの注文が入ると、その都度こうじ蓋から削り落とすように崩し、枡で量って売る。
 引き込みから床(とこ)もみ、盛り込みから出こうじ。48時間かけて、米はこうじになる。前に私は「小さい蔵には小さい蔵なりのこうじ作りの醍醐味がある」と書いた。量の多い少ないにかかわらず、よいこうじが出来たときの喜びは変わらない。
 凍えるような冬の朝、まだ暗いうちから起きだしてこうじ室に入る。こうじを出し終わって蔵の外に出ると、あたりは白み始め、一面の銀世界は朝日を浴びてキラキラと輝いている。
 「今日もいいこうじができた」冷気の中でそう思う時、やりきったという達成感が湧き上がってくる。それはこうじ作りにとって幸福なひとときだ。
 かつては祖父が、父親と母親が、そして現在は私と娘夫婦がこうじを作っている。省力化のために小さな機械も一部導入しているが、基本は今も昔も変わらない。現在こうじ屋のおかれている状況はとても厳しい。後継者不足や販売不振で廃業するところも多い。我が蔵も同様ではあるが、この先もこうじ作りの”技と心”が受け継がれてゆくことを願っている。
 さて出来あがったこうじは、これからみそや甘酒の原料となって発酵を続けることになる。