2014年05月

商品のPR

 商売をしていると、稀に新聞社や雑誌社の取材を受けることがある。話すことは苦手なのだが、商品の宣伝になると思って応じている。
 若い頃、雑誌社から電話がかかってきた。広告のセールスなのだが、話を聞いてみるくらいはいいだろうと電話に出た。「御社の製造なさっている”やまびこみそ”の特徴をお聞かせください」。いきなりだった。私はとっさに答えられず、電話口であるにもかかわらずしどろもどろになってしまった。こんな時、立て板に水、すらすらと自社商品のPRができたらどんなにいいだろうと思うのだが、うまく答えることができず臍を噛むことになった。
 世の中には、自信満々、堂々とした態度で商品の宣伝をする人がいる。うらやましいとは思うが、臆面もなく宣伝をしているようで居心地が悪い。商品には自信があるが、モノつくりはあくまでもいい商品をつくることが本筋で、宣伝広告は二の次だろうと思ってしまうのである。実際、「絶品」だの「究極の味」だのという言葉につられてつい商品に手を出し、後でがっかりということも多い。しかし、ハッタリや虚仮おどしは論外としても、この情報化時代に広告宣伝をしないわけにもゆかない。私は商品のパンフレットを作ることにした。
 汝自身を知れ―ソクラテスの言葉だが、人間は案外自分のことを知らないものだ。そのつてで言えば、自分の作る商品についても、言葉で説明するとなるとこれがなかなか難しい。
 一般にみその評価は「色・香・味・組成」の4項目から判断される。しかしこの基準は大多数の消費者の方にはわかりにくいのではないだろうか。私は工場の立地環境などを含めた大きなくくりで紹介文を書き、パンフレットを作った。以下はその内容である。

壱、山里の美しい水と澄んだ空気が育てています
弐、昔ながらの製法で丁寧に作られています
参、米こうじたっぷりの”こうじみそ”です
四、さっぱりした素朴な風味で具をひきたてます
伍、健康によい 伝統の無添加自然食です

 やや抽象的な表現になったが、パンフレットを作ってからはこの中から言葉を選んでその都度答えることにしている。ただ、言葉でいくら飾りたててみてもメッキはすぐに剥がれてしまう。 あくまでも”みそ”そのもので勝負する。その点だけはいつも肝に銘じている。
 パンフレットには、私の好きな老子の言葉を引用した。老子は2500年前の中国の思想家である。「無為而無不為」―なすなくして なさざるなし、と読む。あまり手を加えないことが、そのものの持ち味をよく引き出すという意味である。愚直に丁寧にみそを作る、そしてあとは余計な手を加えず、自然にまかせて熟成を待つ。これがみそ作り職人としての私の座右の銘である。

みそを仕込む

 みその”仕込み”作業は、こうじ作りなどと比べるといたって単純である。蒸し煮した大豆にこうじと塩を混ぜ、それをチョッパーという機械で潰して杉の木桶やステンレスタンクなどにつめ込み、熟成させる。半年もするとおいしいみその出来上がりである。原料の配合割合は時代とともに変化してきた。塩分は低くなり、こうじの量は増えた。仕込みの容器は、衛生上の問題もあって杉の木桶からFRP、ステンレスに変わってきた。しかし基本は今も変わらない。
 現在、この仕込みの工程はかなり機械化されていて、特筆するようなことはない。そこで私が伝え聞いている昭和初期、祖父の時代のみその仕込みの様子を書いてみたい。
 まず、米蒸しに使うかまどの上の大きな鉄釜で、一晩水につけた大豆を半日ほどかけて煮る。一度に一斗(約13kg)の大豆を煮たということだ。この量の大豆で40kgくらいのみそができる。大豆が親指と小指でつまんで潰れるくらい柔らかくなったら火を止める。この目安は現在も変わらない。煮た大豆は人肌まで冷まして、半切(はんぎり)の桶に入れる。半切とは、膝の高さくらいの大きなタライのようなもののことである。その中にこうじ蓋からこうじを崩して入れ、さらに塩を加えて手でよく混ぜ合わせる。大豆と塩とこうじがよく混ざったところで、今度はそれを餅つきの臼の中に移し、杵で押すようにしてまんべんなく潰す。大豆が原形をとどめなくなったら、今度はそれをソフトボールの球くらいの大きさに丸めてみそ玉を作り、塩をふっておいた木の桶につめ込んでゆく。この時注意しなければならないのは、空気の混入だ。空気が入るとカビの原因になり、風味が損なわれる。作業が終わったら表面に塩をふり、セロファンやポリエチレンのフィルムをかぶせて押し蓋をのせ、その上に重石をのせる。重石は、押し蓋の上に液がにじみ出る程度でよい。あまり重すぎると水分が少なくなってみそがパサついてしまうので、上溜り液を見ながら調節する。桶は蔵で保存していた。
 一昔前、田舎ではどこの家にも蔵があり、蔵の中には2斗樽(40kg)や4斗樽(80kg)が所狭しと並んでいた。みそしょうゆはもとより、みそ漬け、ぬか漬け、梅干しなどが貯蔵されていた。子供の頃、蔵の引き戸を開けると、饐えたようなカビ臭い匂いが鼻を突いた。芳香剤に慣れた現代人には悪臭と感じられると思うが、私にはどこか懐かしい匂いに思える。今はそういう蔵も少なくなってしまった。
 祖父の時代には、みその塩分は20%近くもあった。仕込みの終わったみそは、早くても1年、長いときは2年、3年と熟成された。2年みそ、3年みそと言われるゆえんである。現在このようなみそはあまりないであろう。私が子供の頃は、淡色のみそではなく赤褐色でつやがあった。現在は甘口のみそが大半で、甘口に慣れた舌にはピリッと辛く感じられると思うが、そのかわりにコクとうまみは格別であった。
プロフィール

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